量子測定と量子制御
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量子測定と量子制御
沙川貴大・上田正仁 共著
2016年3月25日 初版発行
量子論の基本概念
量子系の物理量は、ヒルベルト空間に作用するエルミート演算子 で記述される。
- は の固有値
- は に対応する固有空間への射影演算子
状態ベクトルが のとき、物理量 に対する誤差のない測定を考える。
の固有値 が測定結果として得られる確率(ボルンの確率規則):
密度演算子
量子系の状態ベクトルが、確率 で であるとする。
量子状態を記述する密度演算子
物理量 の測定の結果、 が得られる確率
フォンノイマン方程式
量子系AとBのヒルベルト空間をそれぞれ と とする。
合成系ABの密度演算子は、テンソル積空間 の演算子となる。
部分系の密度演算子 と があって、合成系の状態が
のように書けるとき、この状態はセパラブルであるという。
そうでないとき、合成系の状態はエンタングルしているという。
部分トレース
- の正規直交基底:
- の正規直交基底:
- 合成系の演算子:
だけに作用する演算子
合成系の状態がセパラブルなとき
非ユニタリ過程
対象系(システム)が別の量子系(環境)と相互作用する状況を考える。
初期状態ではシステムと環境に相関がなく、積状態にあるとする。
- :全系の初期状態の密度演算子
- :システムの初期状態の密度演算子
- :環境の密度演算子
全系がユニタリ演算子 で時間発展したとき
- :全系の終状態
- :システムの終状態
環境の初期状態を と対角化し、 を環境の任意の基底とすると
:クラウス演算子
はシステムの単位演算子。
量子測定理論
射影測定
量子状態が状態ベクトル で記述されているとき、物理量 を射影測定する。
測定結果を得た直後の状態ベクトルは、測定結果に対応する固有空間に射影される。(射影公理)
被測定系の密度演算子 に対する、測定後の密度演算子
間接測定
システムと別のプローブ系を相互作用させ、全系の物理量 を射影測定する。
- :システムの初期状態
- :プローブの初期状態
- :全系の初期状態
- :相互作用後の状態
射影測定する物理量 をスペクトル分解する。
測定結果 を得る確率
測定後の全系の状態
測定後のシステムの状態
- :クラウス演算子
- :プローブの任意の基底
測定後の状態のすべての測定結果に関するアンサンブル平均
測定結果 を得る確率
はPOVM(Positive Operator-Valued Measure)と呼ばれる。
測定誤差
実際に測りたいシステムの物理量のスペクトル分解
間接測定の結果の期待値:
- :プローブに対して射影測定する物理量
- :プローブとシステムの相互作用を表すユニタリ演算子
物理量の真の期待値(誤差のない測定をしたときの期待値):
誤差演算子
任意の に対して であるための必要十分条件は、 かつ である。(誤差のない測定)
量子状態推定
古典推定理論
同じ確率分布 に従う統計的に独立なサンプルが 個あるとする。
測定結果 をもとに の値を推定する。
ある測定結果 から推定した の推定値 の期待値
任意の に対して が成り立つとき、不偏推定と呼ばれる。
共分散行列:
フィッシャー情報量:
クラメール・ラオ不等式:
サンプル数が のi.i.d.から を推定するとき、任意の不偏推定について
推定値 に対して
量子推定理論
密度演算子が のようにパラメトライズされている状況を考える。
測定を記述するPOVMを とする。
状態 を測定して、測定結果 が得られる確率
古典フィッシャー情報行列
を量子系の場合に拡張する方法は一意でない。
- RLDフィッシャー情報量:
- SLDフィッシャー情報量:
- ALDフィッシャー情報量:
量子クラメール・ラオ不等式:
量子マスター方程式
非ユニタリ時間発展に伴う状態変化は、その直前の状態にクラウス演算子が作用することで記述される。
このような時間発展が無限小の時間ごとに繰り返し起こるとき、そのダイナミクスはマルコフ過程とみなすことができる。
微小時間 の間の時間発展を特徴づけるクラウス演算子
- :エルミート演算子
- :環境との相互作用を特徴づける適当な演算子
システムの密度演算子の微小時間発展
の極限をとると
クラウス演算子の完全性条件 より
量子マスター方程式
反交換子
はリンドブラッド演算子と呼ばれ、非ユニタリ発展を特徴づけている。
確率マスター方程式
観測によってシステムから連続的に情報を読みだした場合のシステムの時間発展を考える。
直接検出
測定結果 を出力する検出器があり、それが連続的にシステムをモニターしているとする。
クラウス演算子(ハミルトニアン項は省略)
微小時間 の間に1回、このクラウス演算子に対応する測定を行い、測定結果 を得たとする。
測定後の状態:
- のとき:
- のとき:
時間 の間のポアソン過程を記述する確率変数 ( )を、測定結果 が得られたときは 、それ以外のときは となるように定義する。
確率シュレーディンガー方程式
確率マスター方程式
量子フィードバック制御
量子測定によって得られた結果を使って、システムを操作する。
- 量子状態 に対して、クラウス演算子 で測定を行い、測定結果 を得たとする。
- フィードバックとして、得た結果 に依存するユニタリ操作 を行う。
フィードバック後の状態
- 測定がある基底 に対応する射影測定であるとする。
- は をある状態 にするようなユニタリ操作であるとする。
このとき、フィードバック後の状態は初期状態に依存せず常に となる。
フィードバック制御により、初期状態に依存せずに所望の状態を実現させられる。
量子確率過程
非可換な演算子の確率過程
非マルコフ過程
量子ゼノ効果
量子ゼノ効果の典型例
- 時刻 に基底 を射影測定する。
- 時刻 に同じ射影測定をする。
- 測定を 回繰り返して、常に測定結果 を得る確率は
を一定として の極限をとる。
測定間隔が短い極限で、システムの状態は から変化しない。(量子ゼノ効果)
非マルコフ過程
ロスのあるキャビティ中の二準位原子をシステム、キャビティ内外の一次元の電磁場を環境とする。
原子の励起と環境の光子数の総和を表す物理量 は保存量:
初期状態を としたとき、時刻 における状態ベクトル
- :原子が上準位にあり光子が一個もないときの全系の状態
- :原子が下準位にあり光子が のモードに一個存在するときの全系の状態
時刻 に原子が上準位に見出される確率
時間間隔 ごとに、システムが上準位にあるか下準位にあるかを射影測定する。
回測定して、測定結果が常に上準位である確率を とする。
- 非マルコフ過程の場合:
- マルコフ極限の場合:
量子ゼノ効果は非マルコフ過程でのみ生じる。